2009年10月アーカイブ

私がブログ衆になった理由は、水素文明の縮図がそこにあったからです。

石油文明は中央集権(ピラミッド)型の社会であり、

上からの命令を確実にこなすロボットタイプの人間が重宝されました。

 出典:YouTube

水素文明は、分散化と多様性の世界であり、個性(人間性)の花を咲かせることができます。

何かを発想するのにも、ひとりだけでは限界があります。

多種多様な個性が集まるからこそ、新しい発想も生まれるのではないでしょうか。

1277-hasu-2.jpg写真:2000ピクセル以上のフリー写真素材集

自分のメディア(ブログはその内のひとつ)を持っていることは、暗闇で灯台をもっていることに等しい。

そして灯が強ければ強いほど、影響力をもつことになります。

 

たとえば、仲間を集めて新しいプロジェクトを実行することを考えてみましょう。

ブログで告知すれば、参加希望者を集めることができます。

そして、参加希望者を選抜して、強いチームをつくることができます。

この逆もあります。読者側から誘われるケースです。

 

この仕組みにのれば、能力が高い人はスグに頭角をあらわすでしょう。

人は誰しも有能な人間と組みたいと思うからです。

 

つまり、どんな人でもブログ衆に参加すれば可能性が増えますが、何もしなければ何も起こらないということです。 

また、行動しようと思っている人も、すでに参加されているブログ衆からノウハウや情報を得られるので、一人ではじめるよりも安心です。

 

私は、ブログ衆へ参加する際、初心者にもかかわらず、いきなりサーバーを借り、ドメインを取得し、ブログを起ち上げました。

 勉強にはなりましたが、相乗効果を生み出すことについては弱かったと思います。

なぜなら、ブログは過去文書のアーカイブ(量×質)があればあるほど有利であり、それを蓄積させる時間に対してサーバーを借りるコストがかかるからです。

なにもない初心者がいきなり強固な城をもつためには、実際、かなりの稼働を必要とします。

 

やはり、初心者の方で一番効率がよい方法は、ブログを運営しているブログ衆(城主)の傘下に入って記事を書く(御家人)ことです。

これは城主と御家人の双方にメリットがあります。

 

城主のメリットは、御家人が書いた記事により、ブログの更新速度が上がり、アクセス数が上がることです。有能な御家人が多いほど、より強固な城となるでしょう。

 

御家人のメリットは、見習いとして記事を書いている間、ブログの仕組み(記事の読み方やアクセス解析)に慣れ、城主が切り開いたアクセス数の恩恵をうけて自分の名を知ってもらうことができます。

この間、サーバーのレンタル料金(土地代)はかかりません。

また自分のブログ(城)を起ち上げる際、御家人時代のアーカイブを丸ごと移行すれば、いきなり強固な基盤をもつことができます。

 

さて、ブログ衆に参加する方法ですが、ブログ運営が厳しいという方は、まずは親和性の高いブログ衆にコメントを書いてみてはいかがでしょうか?

ひょっとすると、ブログ衆から仲間として誘いがくるかもしれません。

 

御家人になりたい方は、ブログ衆へコメントを残したり、メールを送信していただければ、御家人として選択される可能性が高くなります。

 

また、既に御家人としての実力があるものの、サーバーを借りる余力がない方は、ブログ衆にサーバーの一部(土地)を借りて、ドメインだけ自分で使用するという方法があります。

ただし、ブログ衆と要相談ですね。

ドメインの取得は、キャンペーン中のムームドメインが安いです。

 

あなたの状況に対して、さまざまな方法があります。

もし興味があれば行動してみるのが一番です。

まずは、勇気を出して、はじめの一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

ブログ衆の城

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ある社会でいちばん高い建物を見れば、その社会がなにによって動かされているかすぐわかります。中世の町を訪れてごらんなさい。いちばん高いのは聖堂です。十八世紀の町に行ってみれば、そこでいちばん高いのは政治にかかわる建物でしょう。そして現代の都市ではオフィス・ビルー経済生活の中心です。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄訳『神話の力』,早川書房,1992,P.179

 

インターネットの世界でいちばん高い建物に例えられる要素はなんでしょうか?

1つは、アクセス数かもしれませんが、それだけでは世の中は良くなりません。

現在、インターネットは匿名ブロガーがまき散らす『情報のゴミ』でカオス化し酷い状態です。

カオス化した情報で伝言ゲームを行えばどうなるでしょうか?

 

 出典:YouTube

 

そこに待っているのは、誤った情報が入り乱れ、正しい情報を探すだけで疲労し、いざ行動の段階では疲れきって何も手につかなくなった世界です。

考える力を無くした家畜...つまり、敵の思う壷という訳です。

 

これらの動きに対抗し、連山ブログ衆は築城(ブログ構築)をはじめました。

他のブロガーと異なるのは、戦略をもって集団で行動している点です。

まずブログ衆が現在の立ち位置は交地(平成版関ヶ原)です。「交地」とは、敵味方と通行しやすい場所のことです。インターネットのブログは誰でもが発信する事ができますが匿名ブロガーという雑音によりカオス化(混沌)状態が酷くなっています。対策として孫子曰く、通行や連絡を絶たれぬようにすることです。「交地」では守りを固めることです。この場合は毎日発信を心がけ、御蔵やアクセス記録を吟味して、読者に選択される事を心掛ける事です。固定読者が好む連載内容をリサーチし演出する事です。通貨が麻痺すれば人の信用がある人間が選択されます。ネアンデルタールは大脳の言語野や発声器官が発達しておらず家族単位でしか信用社会を構築できませんでした。クロマニョン人は大脳の言語野や発声器官が発達し、家族以外の人々(遠くは数百キロ先)とも交易網を構築する事ができました。これは情報化社会においても、転用可能な歴史です。最初、言語は話し難いものでしたが互いにそれを訓練する事によりそれらは可能となりました。親が話せれば、子は更に上手にその技術をマスターすることができるでしょう。旧人の滅亡に巻き込まれないように最適の健闘を!

引用:ブログ衆と交地

 

 連山ブログ衆は、信頼を重んじるネットワーク(秋月や御蔵)に参加しており、正しい情報と教育、自分と異なる能力をもった方や智識人と知り合う機会を得ています。

これが正しい情報源が絶えない秘密であり、個々のブログ衆が個性を発揮できる理由です。

情報の安定化させるためには勉強が必要ですが、それは精神の安定にもつながります。

 また、ブログ衆として参加すること自体が、情報発信力をつけるという学びの場でもあるので、自分の成長も実感でき、未来に対しても、その能力は生かされるでしょう。

 

ブログ衆は日々、城の守りを固めています。

強固な城が増え、その内容を理解し、参加する人が増えるほど、社会は安定していくでしょう。

アクセス数が増えれば、その城が拠点となり、さまざまな活動が可能となります。

 

いずれにせよ、これだけ混乱が迫っていれば、文句を言っていても何も始まりません。

まずは小さな事でも良いので、自分のできることから行動してみるのはいかがでしょうか?

いろいろな方法はありますが、興味があれば、以下の2点からはじめるのが良いと思います。

 

①親和性の高い連山ブログ衆にコメントを残す。

秋月便りを購読し、御蔵に参加する。

 

築城を希望される方は以下のリンクを参考にしてみてください。

  
ドメイン検索
a
.com .net .info .mobi


 永遠とは、いついつまでも存在するというようなものではない。それはまさに、いま、ここにある。この地上であなたが他者と関わり合う、その経験の中にあるのです。

 私は両親だけでなく、たくさんの友達を亡くしました。でも決して彼らを失ったのではないという確信を、とても強く持つようになりました。私が彼らと一緒にいた瞬間は無限性を持っていて、いまもそれが私と共にあるのです。彼らとの関係が私に与えてくれたもの、それはいまも私と共にある。そしてそこに、不滅性の暗示といったものを感じるのです。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄訳『神話の力』,早川書房,1992,p.396

 

先日、会社の同僚だった友が交通事故で亡くなりました。

クチ下手でしたが、人の話をよく聴く優しい男でした。

いまはもう話すことができませんが、友と過ごした一瞬一瞬は私の中で生きており、誰も消し去ることはできません。

 

人はいつか死ぬ。

だからこそ、友と出会えたことに感謝し、いま・ここにある人との関わりを大事にしようと思います。

 

諸行無常、この一瞬こそ永遠。

 

暗い未来や惨めな過去、栄光の過去と暗い未来の落差に失望し、生きている価値がないと自らの命を落としてしまう人々がいるのは残念なことです。

 

過去や未来は、いま・ここにある一瞬一瞬の積み重ねの産物です。

いま、この瞬間に生命が宿らなければ、どうして明るい未来が生まれるのでしょうか?

そして、人は存在しているだけでも素晴らしい。

あなたは、ひとりで生きているのではなく、仲間の中でも生きているのです。

 

あとは、自分としてどう生きるかだけではないでしょうか?

もし、迷宮入りしてしまった時は、あなた自身のアリアドネの糸を手放さないことです。

 

  

青い花

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 坑夫は貧しく生まれついて、また貧しいまま死んでいきます。金属の勢力の所在をつきとめ、地上へ運び上げるだけで、わが事成れりという次第で、黄金のまばゆい輝きに、純な心をまどわされもいたしません。危うい妄想の火をつけられることもなく、結晶の奇妙な形、採掘される場所、そこの鉱山の組み合わさり方の面白さに興じるだけで、黄金を獲てすべてを意のままにしようなぞ夢想だにいたしません。金属が商品に変わってしまえば、坑夫にはもう何の魅力もないのです。あまたの危険と辛苦をかさね、地中のかたい岩石に鉱石を探すほうがむしろ性にあっていて、黄金の誘い声につられて世の中へ飛び出し、地表で策を弄し人を欺いては、黄金を獲得しようとやっきになることはありません。こういった辛苦こそ、いつまでも生き生きした心と、くじけない気持ちを保たせるので、坑夫はわずかな賃金でも深く感謝をして受け、おのが職場の暗い坑道から、毎日生きる喜びを新たにして、地上へ上がってきます。坑夫だけが、光と安息の魅力を、戸外の空気と周囲の景色の心地よさを知悉(ちしつ)しています。飲み物、食べ物をほんとうにおいしく、まるで聖体のように味わうのは坑夫だけでありましょう。なんとやさしく感じやすい心で、仲間と交わり、妻子を抱き、うちとけた語らいのすばらしい賜物を、感謝の心で楽しむことでありましょうか。

引用:ノヴァーリス ,青山 隆夫 訳『青い花』,岩波書店 ,1989,p.107

 

『青い花』は、ドイツ・ロマン派の代表作のひとつです。

ノヴァーリスの死とともに中断された未完の小説ですが、この世の美しいものが幻想的に描かれ、珠玉の言葉によって美の結晶となっています。

芸術を体験することと現実逃避とはイコールではありません。

酒やドラッグに溺れても、現実はいっこうに良くなりませんが、

もしあなたが感性を解き放ち、本物の芸術と向き合うことができれば、現実世界が再び生命力で満たされるでしょう。

 

キャンベル オルテガ・イ・ガセットは『ドン・キホーテをめぐる省察』のなかで、英雄と環境について語っています。ドン・キホーテは、中世最後の英雄でした。彼は巨人と対決しようと思って馬で出かけた。ところが彼を取り巻く環境は、巨人のかわりに風車を出現させたのです。この物語は、世界を機械論的に見る傾向が生まれたころ作られたものであり、そのため、環境はもはや英雄の精神的な要請に応えるものではなくなっている、とオルテガは指摘しています。今日の英雄は、彼の精神的な要求に応えることなどまるでない、カチカチに固い世界にぶつかっている。

モイヤーズ 風車ですね。

キャンベル そう。しかし、ドン・キホーテは、ちょうど彼がその場に着いたとき、目指す相手だった巨人が魔法使いによって風車に変えられたのだ、と考えることで自分の冒険を救いました。あなたにも同じことができます。詩的想像力を持ち合わせていればね。とにかく、それ以前は、英雄の活動の場は機械論的な世界ではなくて、彼の精神的な意欲に応える生きた世界だった。いまはそれが、さまざまな自然科学や、マルクス主義社会学や、行動心理学によって理解されているような、ごりごりの機械論的世界になっている。おかげで、私たちは刺激に対して予知可能な反応しかしない配線回路にすぎなくなった。十九世紀の世界観は、現代生活から人間の自由意志を絞りだしてしまったのです。

引用:ジョーゼフ・キャンベル,ビル・モイヤーズ,飛田茂雄 訳『神話の力』,早川書房,1992,p.232

 

工業化社会×ピラミッド型組織で必要とされたのは、命令を確実に実行するロボット型の人間でした。

機械論的世界では、生命感が欠如します。

新興宗教に入ってしまうのも、自殺が後をたたないのも、原因のひとつは生命感の枯渇にあるのかもしれません。

参考:1〜8月の自殺者2万2362人=最悪ペース続く−警察庁

 

現在も機械論的世界から抜けきったとはいえず、いたるところでその断片を見ることができます。

生命感を取り戻すには、詩的想像力が必要であり、科学だけでは力不足といえます。

そして、機械論的世界に生命力をもたらすこともまた、英雄的行為といえるでしょう。

 

  

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