使いやすいデザインの最近のブログ記事

■ドコモのケータイ名に見られる劣化

ドコモのケータイは大きく4つの商品カテゴリ(PRIME・STYLE・SMART・PRO)に分けられており、機種名は、N-01AやN-02Bと発売された順番に形式番号化されている。

この商品カテゴリと機種名の間には、何も関連性がない。

例えば、N-01AがPRIMEシリーズで、N-01BがSTYLEシリーズ、N-02BがPRIMEシリーズと何の関連性もなく混乱を招くネーミングになっている。

この混乱した仕組みのお陰で、商品名と製品、シリーズが、うまくイメージできなくなっている。

アニメのガンダムの例でいうと、MS-14Aという形式番号でモビルスーツを呼んでいるに等しい(ちなみにMS-14Aはゲルググ)。

参考:ガンダム登場MS

顧客がすべてを理解するためには相当時間がかかる仕組み(機種の操作に始まり、料金体系なども複雑きわまりない)は、電波品質では優位に立つかもしれないが、後々足を引っ張るに違いない。

 

■NECのケータイに見るユーザビリティの劣化

かつて、NEC製ケータイのユーザビリティは最強だった。

NEC製を使った後、他社のケータイを使用すると、かゆいところに手が届かず不快を感じるほどだた。それほど、NECのケータイは操作に統一性があり、直感的に操作ができた。

しかし、SHARPが本格的にドコモに参入し、NECがシェアを奪われはじめてから状況が一変した。

 

操作のユーザビリティやレスポンス、操作感を考えるとN902iが最後のピークだったように思う。

シェアを奪われたSHARPからの乗り換えをしてもらおうと、N904iではSHARPに似せたキー配置に変えてしまった。たしかにN904iは売れたのだが、この中途半端な採用の影響でユーザビリティは確実に劣化してしまった。

この配置では大文字・小文字切替と濁点が同じボタンになってしまい、『つ』のように『づ』や『っ』になりうる文字の入力で戸惑うことになってしまった。

このあたりから、インターフェース軽視、外見デザイン重視の流れができたようだ。

 

N-06Aというケータイを見てみよう。

デザイン上、問題だと思われる部分は下記の2点である。

1.ケータイ開閉寺の動作

2.操作系のデザイン

 

 

1.ケータイ開閉寺の動作

ケータイ画面が横回転しながら開くスタイルである。

これによって3つのスタイル(①タッチスタイル・②シェアスタイル・③コミュニケーションスタイル)を使えるという。

使用頻度は、①、③、②の順で多いと思われるのだが、開く順番は①→②→③となり、使い勝手が悪い。※ちなみにF-09Aは同じ形状ではあるものの、①→②→③という順番で開く。

 

2.操作系のデザイン

ドコモのサイト『フォトギャラリー』の8番をご覧下さい。

十字キー周辺のデザインは、歯車状のデザインになっており、いかにも回転をイメージさせるが、実際は回転せず、操作もできない。実際、回転をして操作できるケータイが他社からいくつか発売されているのにもかかわらず、である。こういった形状は即刻やめるべきだ。 

 

操作系インターフェースの劣化をみれば、電話帳の五十音検索時に横ボタンでア行からカ行へ移れなかったり、iモードブラウザも横ボタンで進む/戻るができなくなる等、以前は可能だった直観的な操作ができなくなってしまったのだが、電話帳に関しては最近改善されたようだ。

NECはユーザビリティの部分での優位性を失ってしまった。

本来、シニア向けケータイは、比較的ユーザビリティに強かったNECが作るべきだったのだが、いまや富士通が『らくらくホン』で一人勝ちしてしまった。

かつて優秀なインターフェースを構築した人々は、リストラされてしまったのだろうか?

 Appleや任天堂はユーザビリティに強く、ipodやDSを見てわかるとおり、直観的に操作できるよう工夫されている。

NECは、もう一度基本に戻って、ユーザビリティを取り戻して欲しいものである。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)




なぜお年寄りは、黒電話(固定電話)は使えて、携帯電話は使えないのか?

 

kurotel01.JPGのサムネール画像

 

最近の携帯電話は機能が沢山ついている、または、黒電話は昔から使っているからという理由もあるかもしれない。

が、携帯電話については『電話をかける』/『電話を受ける』だけでも戸惑うという。

そこで、純粋に黒電話と携帯電話の電話をかける場合の動作について考察してみる。

 

 黒電話で電話をかける際の動作を見てみよう。

 ①受話器を取り、耳にあてる

②電話番号を回す

たった、これだけである。

kurotel02.JPGのサムネール画像

 

黒電話は、受話器を取る/置くという動作とスイッチのON/OFFが自動的に対応している。

受話器を取って話す態勢になった時には、既にスイッチが入っており、逆に終話時は、受話器を置くとスイッチが切れる。

これが仮に受話器をとって、なにかのボタンを押してからの通話/終話となれば、どうだろうか?

さらに受話器を置く部分であるが、置き場の役割と転倒時にも電話が切れないようなデザインになっている。

 

【ダイヤル】

指を入れてまわすことを意図したデザインであり、見た目にもわかりやすい。

ダイヤルが回転して戻る動作は、視覚的にも入力している感覚を得やすい。

 

【受話器】

上下がわかるようにコードは下から出しており、握る部分も受話部も明確なデザインである。

これが受話器の真ん中あたりから、コードがでていたらどうなるだろうか?

ちなみに受話器の部分は、人間工学的にも持ち易く、現在のものとくらべ多少の重量があるかもしれないが、長時間話してもそれほど苦にならない。

 

 

では、携帯電話で電話をかけることを考えてみよう。

①相手の番号を押す。

②通話ボタンを押す。

動作的には、いたって簡単であるが、高齢者の方は混乱することが多い。

 

一つ目の問題は、前回前々回で掲載した多機能リモコンのようなデザインが原因である。

同じようなボタンが羅列しており、見た目にもわかりにくい。

 

二つ目の問題は、①の相手の番号を押す際には、かならず待受画面に戻っている必要がある。

他の画面では、番号ボタンを押しても上手く反応しないのである。

上記の影響で自分がいまどの場所にいるか、何を操作しているのか、わからなくなることがある。

 

 

らくらくホン』に代表される高齢者層向けの携帯電話はボタンの形状を変える等、工夫はしているが、まだまだ改善の余地があると思っている。

例えば、電話をかける際は、黒電話の例に見習い、携帯電話の開閉等と関連付ければよいだろう。

しかし、現在、待受画面など主流となっているインターフェースを変える必要があるので、根幹を残しつつアレンジしていく必要性がある。

確かに黒電話は、今の時代には使わないかもしれないが、デザインとなれば、そこから学ぶ事も多い。

次回は、携帯電話が外見のデザイン重視となったため、使いやすいデザインが劣化している例を記載したいと思う。

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

使いやすくするために、もう一つ考えられるのは、情報を制限することである。

無駄な情報は削ってしまい、その時点で必要な情報だけを表示すれば、人は迷うことはないだろう。

前回のファミコンのコントローラでいえば、使用頻度が少ないスタートボタン・セレクトボタンが他のボタンに比べて小さいのは良い例である。

また、多機能リモコンの場合、使用頻度の低いボタンは隠してしまってもよい。

 

情報の制限という意味で、地下鉄の案内図を見てみよう。

複雑に張り巡らされた地下鉄は複雑で、地下であるため外の景色は見えず、ランドマークもない中、乗り換えを行う乗車客をうまく誘導しなければならない。また、地上と地下との対応づけを行わなければならない。

地下鉄は、乗車客がいる場所によって、適切な情報を与えることによって乗客をうまく誘導している。

 

ホームを降りると、まず以下のような案内図がある。

subway1.jpg

ここで重要なのは、自分がいまどこにいて、目的地へ行くためには、どの方向へ行けばよいのかという情報だ。

また、代表的な建物(ランドマーク)と出口を対応させていることにも注目していただきたい。

 

例えば、自分の向かうべき建物がD2出口だとすると、あとはD2出口だけを目指せばよい。

乗り換えの際は、何線に乗り換えれば良いかだけなので、もっと簡単である。

 

subway2.jpg

 

 歩いていくと、方角指示がある。

先程の案内図で、出口番号を覚えているので、あとはこの表示に従って歩けばよいだけである。

ここでは、ランドマークとの対応はなく、出口番号と路線名の案内しかないことに注目。

 

subway3.jpg

 地上出口に近づくにつれて、ようやく地上地図が現れ、地上との対応づけがなされる。

subway4.jpg

 出口付近の案内図は、最終確認となる。

また、地上に上がれば、出口付近に地上地図が掲示されているので、自分のいる位置を把握しやすい。

もし、地下鉄でホームを降りた際に、いきなり外の地図がでていたらどうだろう。

適切な場所で適切な情報を発信しなければ、人は迷ってしまうだろう。

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

 

同じようなボタンが複数ある多機能リモコンは、使いやすいデザインといえるだろうか?

同じ形状のボタンに違う機能を割り当てて、人は直観で操作できるだろうか?

リモコンをはじめ、ケータイ電話、パソコン等、同じようなボタンが並ぶ操作機器は多い。

多機能になればなるほど、複雑な操作が要求されるため、より工夫が必要となるだろう。

工夫として、まず考えられるのは、スタンダードな操作方法を取り入れることだ。

人には慣れというものがあり、また様々な製品には代表的な操作方法というものがある。

その代表的な操作方法をふまえ、操作に一貫性を持たせることで、同じ形状のボタンに対しても操作性は多少なりとも向上するハズである 

シンプルな例を用いるため、前回と同様、 ファミリーコンピュータ(以下、ファミコン)のコントローラと操作方法を見てみよう。

famicom.jpgファミコンのコントローラは十字キーとAボタン、Bボタン、スタートボタン、セレクトボタンで構成されている。いまのゲーム機に比べ、とてもシンプルである。

ゲームに使うのは主に十字キーとAボタン、Bボタン。

十字キーは上下左右と方向を意識させるには適切なデザインであり、Aボタン、Bボタンに形状の違いは無い。

 

ファミコンが発売した当初は、A・Bボタンの割当に関しては、ゲーム制作者が任意で決められた。(正確にいえば、前例がないため、任意で決めるしかなかった)

しかし、スーパーマリオ発売以降は、アクションゲームはAボタンが『ジャンプ』だと暗黙の了解ができた。

スーパーマリオは世界一売れたゲームとしてギネスブックに登録されている。多くの人が遊んだ操作方法がスタンダードとなったのも不思議な話ではない。

また、ドラゴンクエスト等に代表されるコマンド選択式のゲームでは、Aボタンが『決定』で、Bボタンが『キャンセル』と決まっている。

AボタンとBボタンに逆の役割を与えれば、操作性が悪くなることが容易に想像がつく。

 

このように、スタンダードな操作方法を取り入れる、そして操作に一貫性を持たせることで、経験上、感覚的な対応ができるようになる。

(つづく) 

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

人に行動を促す原理を上手く利用しているもののひとつにゲームがある。

まだゲームが出たての頃は、ゲームのキャラクターは記号に近く、その記号が発する情報を元にプレイヤーが行動していた。

初期のゲームは、グラフィックもシンプルでわかりやすいため、初代スーパーマリオ(ファミコン版)を考えてみる。

出典:YouTube

①レンガブロックは破壊することができるが、それ以外のブロックは破壊できない。(※スーパーマリオ時)

②マップ上にある土管の中に入ることができる。(動画0:15)

③地下画面では屋根裏に登ることができる。(動画1:19)

④ツル(豆の木)が伸びて、そこを登ることができる。(動画2:40)

 

プレイヤーに対して、レンガは壊れるのではないか、土管にはいれるのではないかとイメージさせる。

少しのスペースが空いていれば、そこに行けるのではないかとイメージさせ、ツルが伸びればジャックと豆の木を連想させ、登れるのではないかとイメージさせる。

たとえば、これらが全く違う記号だったらどうなるだろう。

レンガブロックが鋼鉄の絵柄だったら、土管が通常の地面と同じ絵柄だったら、ツルではなく滝のように上から水が落ちる絵柄だったら...

おそらくプレイヤーは行動に移さないだろう。

これがゲームにおける謎解きや裏技的な発想の元であり、そのバランスが適度であれば、プレイヤーは発見した喜びを感じることができる。

※任天堂のゲームは、こういった謎を作るのが上手い。ゼルダの伝説でも、こういった謎掛けが多いのでアフォーダンスの視点から参考になる部分が多いと思う。

 

 ゲーム上の謎をどう匂わせるか、という部分と、操作がしやすいデザインとは一見すると内容が異なるように見えるが、説明書がなく記号やデザインでイメージさせるという部分では共通点が多い。

プレイヤーに適度な視覚情報を与え、できることとできないことを醸し出す。

これが、感覚的にわかりやすいデザインをする上で重要な点である。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書) 

 

 

あるモノに対して、人が共通した行動をしてしまうということは多々ある。

適度な段差があれば椅子代わりに座ってしまうのもその一例だろう。

そのような経験上の行動を利用するという方法がある。

 

電車の横並びの座席には、人がキチンと座れるような工夫がしてあるのをご存知だろうか。

この工夫がされるまでは、7人掛けの席に人が5〜6人程度しか座れなかったそうだ。

以下にその方法を記載する。

 

【座席】

◯◯◯◯◯◯◯

※◯は空席、●は人が座っていると考える。

 

人は、まず一番端の席を取って座ろうとする性質があるので、まず先に埋まるのは両端の座席である。

●◯◯◯◯◯●

 

次に、人は中央あたり(▽部分)、実際は両端から離れた位置に座ろうとする。

●◯▽▽▽◯●

 

この3人目に座る人がキーポイントとなる。

つまり、この人が正確な中央を認識できれば7人掛けとなり、

●◯◯●◯◯●

逆に中途半端な位置に座れば7人座れなくなってしまう。

 

そこで、この真ん中の席の色だけ変えた。

すると、人が真ん中の席を自然と認識し、7人掛けが機能するようになったそうだ。

これだけシンプルな対策で、自然な誘導を促すので、最初に考えた方は素晴らしいと思う。

※最近の電車は豪華で4人と3人の部分に切れ目が入り、手すりのようなポールが立っていたり、一個一個の席に切れ目が入っていたり、マークがあったりする。

 

このように人の自然な動きに合わせて、デザインをすることにより、自然と本来の機能を生かすことができる。

 

ドアや引き戸の違いなども、いい例である。

ドアノブは握って回すという形状であり、引き戸の取っ手は横にスライドするのを促すデザインである。

もし、引き戸にもかかわらずドアノブが付いていれば、下記の動画のようになってしまう。

 

※3:37あたりをご覧ください。

出典:YouTube

(つづく)

 

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

 

 使いやすいデザインとは、一体どのようなものなのか?

新しい文明には、新しい製品がつきものということなので、アフォーダンスという視点から使いやすいデザインを考察してみる。

 

人間が機械に合わせて操作するよりも、機械が人間に合わせて操作できるほうが、よりスマートだろう。少子高齢化時代ならなおさらである。

しかし、家電などに多いのだが、デザイン重視で使い勝ってがボロボロという製品をいまでも目にする。

当然、そのような製品には操作ミスがつきもので、イライラ感を募らせるのだが、これがケータイ電話のような機器であればまだマシで、例えば原子力発電所のようなところに人間の操作ミスを促すような製品があったのでは、笑い事では済まされない。

使いやすさに限っていえば、直観的に使いこなせる、究極的には説明書が全くなくても操作できる製品が優秀となるだろう。 

下記のロボットの戦いをご覧ください。

出典:YouTube

 

当時は、車のハンドルでロボットを動かすという斬新なアイデアに度肝を抜かれた。

しかし、一体どうやって操作すれば良いのだろう?

下記のように比較して考えると、ハンドルは車の操作にとって解り易いデザインで、ロボットの操作には不向きなことがわかる。

①ハンドルを左にまわせば、車が左に動く。

②ハンドルを左にまわせば、ロボットが敵の攻撃を手で防ぐ(もしくはモノを掴んで投げる)

 

①のように操作(入力)と現実へのフィードバックが正しく対応していれば直観的に操作ができる。

②は、操作(入力)の動きとフィードバックがバラバラなので対応させにくい。

こういった操作系の対応がうまくいっていないケースを探すのは難しいことではない。

操作系の周りに注意書きやメモを貼っているのを見かけたら、上記の対応がうまくいっていない証拠である。

私達が自然に操作している水道の蛇口やドアノブもこのような対応を生かしたデザインを使用している。

(つづく)

参考文献:誰のためのデザイン?―認知科学者のデザイン原論 (新曜社認知科学選書)

2011年11月

    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30      

最近のコメント

QRcode

 
Powered by Movable Type 4.26